弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 犯罪・刑事事件
  3. 大阪ミナミ「戎橋のチェロ弾き」、逮捕はやり過ぎ?SNSで賛否…刑事弁護士は「違法な逮捕」の可能性指摘
大阪ミナミ「戎橋のチェロ弾き」、逮捕はやり過ぎ?SNSで賛否…刑事弁護士は「違法な逮捕」の可能性指摘
大阪の戎橋(gandhi / PIXTA)

大阪ミナミ「戎橋のチェロ弾き」、逮捕はやり過ぎ?SNSで賛否…刑事弁護士は「違法な逮捕」の可能性指摘

大阪ミナミの道頓堀川にかかる「戎橋」の上で、許可なくチェロを演奏したとして、自称音楽家の男性がこのほど、道路交通法違反(無許可道路使用)の疑いで、大阪府警に逮捕された。

産経新聞デジタルや読売新聞オンラインなどによると、男性は7月24日午後7時35分ころ、大阪市中央区の戎橋上で、警察署長の許可を受けずにチェロの路上ライブをおこない、多くの人を集めて交通に著しい影響を及ぼした疑い。逮捕は7月31日付。

7月1日からほぼ毎日、戎橋上でチェロを弾き、多い時には100人もの人だかりができていたとされ、通行人らから110番通報が16件寄せられていたという。警察は口頭で数十回警告したほか、演奏しないとする誓約書も5通書かせたが、それでも演奏をやめなかったので、今回の逮捕に踏み切ったようだ。

路上ライブでの逮捕は珍しいが、このような事情があったことから「橋の上に人が集まるのは危険ではないか」「逮捕は仕方ない」という声もSNS上では見られる。一方で、身体を拘束するまではやり過ぎではないかという意見もある。路上ライブの逮捕は妥当なのか。刑事事件に詳しい中原潤一弁護士に聞いた。

●「逮捕の要件」から今回の事件を考える

——報道でわかることを踏まえたうえで、今回の逮捕は妥当なのでしょうか

まず、逮捕の条文について確認しましょう。

刑事訴訟法199条1項は、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる」と規定しています。

これがいわゆる「通常逮捕」と言われる形式の逮捕です。報道によると、今回の事件では、7月24日午後の出来事について、後日に逮捕しているようですので、この「通常逮捕」で逮捕されたと思われます。

次に、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」という要件に当たるかを考えましょう。

道路交通法76条は「禁止行為」を定めています。

今回の事件では、「前各号に掲げるもののほか、道路又は交通の状況により、公安委員会が、道路における交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあると認めて定めた行為」(同条4項7号)の禁止行為に該当すると判断されたと思われます。

そして、同法76条4項の規定に違反した場合は、5万円以下の罰金に処するという罰則が定められています(同法120条1項10号)。ですので、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」という要件は満たしていると思われます。

ただし、警察が逮捕状を請求した場合でも、裁判官は、罪証隠滅および逃亡のおそれがないといった「明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない」と規定されています(刑事訴訟規則143条の3)。

●警察は罰を与えるかのように逮捕制度を利用している…妥当どころか違法では

——今回の事件では、罪証隠滅や逃亡のおそれが考えられるでしょうか

今回の事件では、戎橋や周辺にかなりの聴衆がいたと思われますし、防犯カメラもある場所ですので、罪証隠滅のおそれがあるとは到底言えないと思います。また、最大でわずか5万円の罰金刑で、逃亡する人などいるのでしょうか。明らかに逮捕の必要がないと思われます。

報道によると、逮捕の理由について警察は「再三の警告に従わなかったこと」を挙げているようですが、ここまで説明してきたように、逮捕の要件は「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」です。「再三の警告に従わなかったこと」は要件にはなっていません。

むしろ、すでに誓約書を計5回も取っていたということを前提にすれば、逮捕された方は任意の出頭には応じていたように思います。罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれもないと考えるのが通常の思考ではないでしょうか。

警察は、逮捕の本来の要件を超えて、あたかも罰を与えるかのように逮捕制度を利用しているとしか思えない回答をしています。国家権力を濫用していると言わざるを得ないと思います。

したがって、今回の事件は、妥当ではないどころか、違法な逮捕なのではないかとすら思います。さらに考えなければならないのは、通常逮捕、すなわち、裁判所の司法審査を経たうえでの逮捕だというところです。

任意の出頭にも応じている状態で、最大5万円の罰金刑の事案で「明らかに逮捕の必要がない」と判断できなければ、およそ刑事訴訟規則143条の3は死文化してしまいます。なぜ逮捕状が発付されたのか、検証が必要なのではないでしょうか。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

中原 潤一
中原 潤一(なかはら じゅんいち)弁護士 弁護士法人ルミナス法律事務所横浜事務所
神奈川県弁護士会所属。日弁連刑事弁護センター幹事。刑事事件・少年事件を数多く手がけており、身体拘束からの早期釈放や裁判員裁判・公判弁護活動などを得意としている。

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では正社員スタッフ・協力ライター・動画編集スタッフと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

正社員スタッフ・協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする