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高市首相は「一国の指導者」なのか? 中国の“呼び捨て”への反論が思わぬ論争に…弁護士が指摘する違和感
閣議に臨む高市早苗首相=2026年10月6日、首相官邸(写真提供:共同通信社)

高市首相は「一国の指導者」なのか? 中国の“呼び捨て”への反論が思わぬ論争に…弁護士が指摘する違和感

中国外務省の報道官が記者会見で、高市早苗首相を肩書なしで「高市早苗」と呼んだことに、日本政府が反論した。

外務省は10月7日、公式Xで「一国の指導者に対してしかるべき敬意を払うことは国際儀礼上当然」とする見解を投稿した。

ところが、この反論が思わぬ方向に波紋を呼んでいる。問題視されたのは、中国側の「呼び捨て」ではなく、日本政府が首相を「一国の指導者」と表現したことだった。

SNSでは「権威主義的な響きがある」「『首脳』で十分ではないか」など、違和感を示す声が相次いだ。

そもそも、日本の首相は「一国の指導者」なのだろうか。国民主権を定める日本国憲法との関係で、この表現に問題はないのか。

憲法問題にくわしい猪野亨弁護士に聞いた。

●中国側の「呼び捨て」に外務省が反論

発端は9月30日に開かれた中国外務省の定例記者会見だった。

郭嘉昆副報道局長は、小泉進次郎防衛相の核兵器や原子力潜水艦の保有をめぐる発言について問われた際、高市首相を「日本首相」などの肩書を付けずに「高市早苗」と呼んだ。

10月7日の外務報道官会見で、記者がこの発言に対する日本政府の受け止めを質問した。

北村俊博外務報道官は、次のように答えた。

「御指摘の中国外交部報道官の発言、これは承知をしておりますけれども、その逐一について、日本としてコメントすることは差し控えます。いずれにしましても、立場の違いがあっても、一国の指導者に対してしかるべき敬意を払うことは、国際儀礼上、当然のことだと考えております。こうした立場は、中国に対してもしかるべく申入れを行っているところです」

外務省は同日夜、公式Xに「高市総理の呼称に関する日本政府の見解」と題して、この質疑を投稿した。

投稿には「政府としては、立場の違いがあっても、一国の指導者に対してしかるべき敬意を払うことは国際儀礼上当然だと考えており、こうした立場は中国側にもしかるべく申し入れているところです」と書き添えられている。

中国側に礼節を求める趣旨の発言だったが、首相を「一国の指導者」と表現したことには批判も上がった。この表現をどう考えるべきなのか。猪野弁護士に聞いた。

●「指導」の語感と国民主権

──そもそも、日本の総理大臣は「指導者」なのでしょうか。この表現にはどのような問題があると考えますか。

日本政府が、中国側による高市首相の「呼び捨て」に対して、首相を「一国の指導者」と表現したことには、とても違和感があります。

もちろん、他国の首相を呼び捨てにすることが適切だとは思いません。公式な会見での発言なのですから、最低限の礼節があってしかるべきです。

しかし、それと日本政府が「一国の指導者」という表現を用いたことは、別の問題です。

「指導者」という言葉には、国民を指導し、国を率いるという意味合いが感じられます。もちろん政治的なリーダーシップを発揮する人物という意味で用いられることもあります。

ただ、今回の「一国の指導者」という表現については、単にそうした意味だけで使われたとは思えません。

「指導」という言葉が持つ意味合いについては、日本国憲法が採用する国民主権の原理との関係から考える必要があります。

日本国憲法のもとでは、主権は国民にあります。国会議員は国民の選挙によって選ばれ、内閣総理大臣は国会の議決によって指名されます。

つまり、首相は国民を「指導」する立場にあるわけではありません。

一方、中国の憲法では、前文に中国共産党の指導のもとで歩むという政治体制の原理が示されています。

中国共産党は、自らを人民解放の主体と位置づけ、その指導体制を正当化してきました。

国家主席は全国人民代表大会で選出されますが、中国共産党の指導的地位は憲法上も明示されています。

日本と中国では、こうした政治体制の基本原理が異なることを踏まえる必要があります。

●「内閣総理大臣」で十分だったのではないか

──今回の外務省の表現をどう評価しますか。どのような言葉を使うべきだったのでしょうか。

日本政府が首相を「一国の指導者」と表現したからといって、直ちに憲法上の問題が生じるわけではありません。

ただ、政府が首相をどう表現するかは、まったく自由というわけでもありません。

たとえば、日本国憲法における「元首」をめぐっては、これまでも議論がありました。「元首」の定義や、誰を元首とするかについては見解が分かれています。

「指導者」も憲法に明記された用語ではありませんが、「元首」に比べれば法的な意味合いは薄いでしょう。

それでも「指導者」という言葉には一定の評価を伴います。政府が従来の慣行と異なる表現を使うのであれば、その妥当性が問われることになります。

今回、中国政府の礼を失した態度に対して見解を示すのであれば、憲法にも規定のある「内閣総理大臣」などの言葉を使えば十分だったはずです。

あえて「指導者」という言葉を使った以上、疑問の声が上がるのは当然でしょう。

直ちに憲法上の問題になるとはいえないものの、疑問の残る表現であることは否定できません。

政府には、なぜ「一国の指導者」という表現を用いたのか、説明する責任があると考えます。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

猪野 亨
猪野 亨(いの とおる)弁護士 いの法律事務所
札幌弁護士会所属。離婚や親権、面会交流などの家庭の問題、DVやストーカー被害、高齢者や障害者、生活困窮者の相談など、主に民事や家事事件を扱う。

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