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裁判官の「地域賃金差」は司法劣化の元凶なのか エリート司法官僚が最も恩恵を受ける仕組み
人事院(撮影:松浦新)

裁判官の「地域賃金差」は司法劣化の元凶なのか エリート司法官僚が最も恩恵を受ける仕組み

津地裁の現職裁判官が、「裁判官にも適用されている国家公務員の地域手当の制度によって不当な賃金の差をつけられた」などとして、国に損害賠償を請求して、公務員の地域手当が注目されている。その差は最大20%で、裁判官の場合、NHK朝ドラの「虎に翼」でも描かれている「司法官僚」が最も恩恵を受けているという。どのような制度で、裁判官にとってどのような意味を持つのか。(朝日新聞経済部・松浦新)

●勤務先の地元にある民間企業の賃金水準に左右される

「渋々と 支部から支部へ 支部めぐり 四分の虫にも 五分の魂」

弁護士ドットコムニュースの読者には、現職裁判官が詠んだとされるこの川柳を知る人も多いだろう。家裁や地裁の支部を転々とする裁判官の心情が伝わってくる。

地方の裁判所は、県庁所在地にある「本庁」だけでなく、県内各地に支部もあって、地域司法の重要な拠点になっている。標準で3年とされる勤務を経て、次々に異動をするだけでも大変だが、給料も比較的低く抑えられている。

その仕組みが「地域手当」だ。それは、国家公務員の配偶者手当や残業代などを含めた給料を計算したうえで、その総額に勤務先の場所によって違う「支給割合」をかけた金額が追加で支給される。ボーナスにも加算されるので、年収がその割合で違ってくる。

最も高いのは東京23区内の「1級地」に勤務先がある人で、20%が支給される。次は横浜市、大阪市などの「2級地」(16%)だが、そこには埼玉県和光市、千葉県の我孫子市、袖ケ浦市、愛知県の豊田市、豊明市なども入っている。ところが、さいたま市、千葉市、名古屋市といった政令指定都市は「3級地」(15%)なのだ。

なぜこんなことが起きるのか。

それは、人事院が作成する「賃金指数」で「級地」が決まるためだ。賃金指数とは、従来は人口5万人以上の市を対象に、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」に答えた10人以上の事業所で働く男性の賃金の平均額を市ごとに計算し、全国平均を100として指数化したものだ。

要するに、国の機関がある市の企業の男性従業員の給料が高いと、そこで働く国家公務員の給料が高くなる仕組みになっている。トヨタ自動車がある豊田市が名古屋市を上回るのは典型的だ。

一般的に、地域間の給料の調整であれば、物価をはじめとした生活費の違いが考えられる。しかし、転勤した公務員の給料が勤務先の地元にある企業の給料水準で決まることに「はて?」と首をかしげる読者も多いだろう。

●西川教授「裁判官は『勤務評定』を気にした行動をとるようになる」

人事院は8月8日、2024年度の勧告で、地域手当について10年ぶりの見直しをする措置を求めた。

それによると、現在は東京23区と市ごとに決めている支給割合を、来年度から原則として都道府県ごとに「広域化」する。ただし、都道府県庁所在地と人口20万人以上の市については賃金指数を計算し、所在する都道府県を上回る場合は独自の支給割合を適用する。

現在、20%から3%まで7段階ある級地区分を20%から4%までの5段階に改める。また、異動で支給割合が下がる場合の「異動保障制度」について、現行の異動1年目100%、2年目80%に加え、3年目に従来なかった60%を設ける内容になっている。

この変更を愛知県で見ると、全県が「4級地」の8%になることで、それまで対象外だった蒲郡市や新城市をはじめ町村部にも「広域化」の恩恵が行き渡ることになる。そのうえで、名古屋市、豊田市、刈谷市、豊明市の4市が同じ「3級地」(12%)で並んだ。逆転現象はなくなるが、4市とも減る。このうち、豊田市は人口20万人以上の市にあたるが、刈谷と豊明は20万人未満だ。本来は愛知県の8%に下がるところだが、激変緩和措置で3級地に残ることになった。このように個別市が全体的に下がる中で東京23区は20%を維持した形になっている。

異動保障制度は、支給割合が高いところから低いところに赴任する人のために設けられている。今回の変更で3年目まで保障が伸びることで、3年以内に高い任地に異動すればダメージは小さく済む。東京・霞ケ関から地方に異動して、数年で戻るキャリア官僚向けの制度と見る関係者が多いが、この変更でその性格は強くなった。

支部から支部に異動する裁判官には関係ない話だが、東京中心に異動して、人事や総務的な対応が中心になる「司法官僚」にとっては重要な制度だ。

「虎に翼」のヒロイン、佐田寅子は、最高裁で家庭裁判所の設立に奔走した後、新潟地裁の支部に行くが3年で東京地裁に戻る。いまなら、異動保障の恩恵を受けていた人事だ。佐田の周りにも、最高裁で人事課長や秘書課長をするエリート裁判官たちが描かれている。

霞ケ関の本府省勤務優遇は明白だ。8日の人事院勧告で示された大卒総合職(キャリア)の初任給は14.6%上がって月額23万円となったが、本府省勤務の場合は地域手当と「業務調整手当」もついて、28万4800円となった。

こうした状況について、実際の裁判官の異動記録をもとに裁判官人事を具体的に分析した『裁判所幹部人事の研究』の著書もある明治大政治経済学部の西川伸一教授は「東京を中心に異動して人事や行政的な対応をする『司法官僚』が、全国異動で裁判をする人を支配する実質的な二重構造ができている。エリートは地方に行ってもすぐに戻ってくる」と話す。

支部に行きたがる裁判官は少ないが、誰かが行かないといけない。「そうならないために、裁判官は、事件をためない、控訴されても上級審でひっくり返されない判決を出すといった『勤務評定』を気にした行動をとるようになる」と指摘する。

●元裁判官「地域手当はへき地手当のみとすべき」

こうした裁判官と地域手当の関係について弁護士ドットコムは7月、会員の弁護士を対象にアンケートをした。281人が回答した。

地域手当があることについては「妥当」と「やや妥当」を合わせて53%と半数を超えた。「不当」「やや不当」は計24%だった。

不当などと答えた理由(複数回答)は「裁判官の判断がゆがむから」が45%で、「全国均一の司法が実現できなくなる」が42%などだった。地域手当の地域差については、「妥当」と「やや妥当」が計27%だったのに対し、「不当」「やや不当」が計43%と逆転した。

回答者の中には元裁判官も7人いた。うち5人は制度自体を「不当」「やや不当」と答え、「妥当」は1人だった。妥当と答えた元裁判官も「生活基盤を定めた裁判官の転勤配置が生活の根底を揺るがしかねない重大事であり、裁判官統制の一番有力な手段となっている」と記述して、「地域手当の不平等感はあるが、根本問題ではない」と指摘した。

地域差については「不当」「やや不当」が5人で、残る2人は「どちらとも言えない」を選んだ。不当と答えた元裁判官は「差別される裁判官は地域手当がほとんどないまま転勤することになる。そのためにヒラメ裁判官が生まれ、司法を劣化させてきた」と指摘した。

別の「不当」を選んだ元裁判官は「地域手当はへき地手当のみとすべき。裁判官はその独立を守るため、希望以外の転勤はすべきではない」と答えた。

人事院勧告と同時に出た「職員の給与に関する報告」は、地域手当について「最大20%という支給割合の差が過大ではないかなどの指摘があり、支給割合の差の在り方について今後とも検討していく」と表明した。これまで10年ごとだった見直しも、より短期間で見直すという。

現場の切実な声に耳を傾けて、裁判官が真に独立して判断できる環境整備に役立てるべきだろう。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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