自分の声が、知らないうちに生成AIに学習され、言ってもいないセリフや歌ってもいない曲に使われる──。
こうした声の無断利用を防ごうと、俳優や声優らでつくる協同組合「日本俳優連合」(日俳連)が10月15日、生成AIによる声の利用ルールをまとめた「音声に関する生成AI利用ガイドライン」を公表し、東京都内で記者会見を開いた。
ガイドラインでは、AIの学習や音声の生成など、利用の段階ごとに本人から書面で同意を得ることを求めている。違反した事業者には、売上相当額を「特別損害賠償金」として支払わせる規定も盛り込んだ。
背景にあるのは、生成AIを使った声の無断利用が後を絶たない現状だ。日俳連によると、無断投稿は減っておらず、投稿者の特定や削除要請には大きな負担がかかっているという。
ただし、ガイドライン自体に法的な拘束力はない。また、動画投稿サイトやSNSなどのプラットフォームに直接義務を課すものではない。
日俳連側は「プラットフォームの責任はとても大きい」と指摘し、対応を求めていく考えを示した。
●AI学習から音声利用まで「書面で同意」、違反すれば売上相当額を賠償
ガイドラインは前文と22条で構成される。
日俳連の顧問をつとめる大久保修一弁護士は、「事前の通知と同意」「適正な対価」「データのコントロール」の3つを柱にしていると説明した。
AIによる声の利用を「解析・学習」「生成・構築」「出力音声のプロジェクト利用」の3段階に分け、それぞれの段階で本人から書面による同意を得るよう求めている。
将来の利用についても一括して同意を得る、いわゆる「バイアウト契約」は禁止し、同意の有効期間は原則として最長1年とした。
また、事業者がルールに違反した場合、実演家は音声の配信停止やAIモデルの廃棄を求めることができると規定。無断利用を始めた日にさかのぼって売上相当額を支払うよう求めている。
大久保弁護士は、この規定について「悪質な企業、あるいは利用者による、逃げ得を防ぐ」ためだと話した。
●「自分の声」が勝手に歌っていた…人気声優も驚き
会見では、自身の演じるキャラクターの声を生成AIで再現されたとみられる動画について、声優から困惑の声が上がった。
人気アニメ『ドラゴンボール』でブロリー役をつとめる声優の島田敏さん(日俳連常務理事)は、歌手Adoさんの「うっせぇわ」を、生成AIで再現されたブロリーの声が歌っているのを聞き、「目が点になりました」と振り返った。
「声優の知らないところでセリフが切り取られ、言ってもいない言葉、歌ってもいない歌が勝手に作られ、ネット上に上げられ、フォロワー数を稼いで、それで収益化を図るということはどう考えても納得がいかない」
会見には、芸能事務所や声優事務所の業界団体の関係者も同席し、ガイドラインへの賛同を表明した。
日本芸能マネージメント事業者協会の伊藤信事務局長は、AIに関するビジネスについて「みな手探りの状態で交渉をしております」と説明。ガイドラインによって実演家の立場が明確になれば、交渉を「スムーズに進めていける」と期待を示した。
●法的拘束力のないガイドライン、どう実効性を持たせる?
ただし、今回のガイドラインに法的な拘束力はない。事業者にどう守ってもらうのか。実効性の確保が課題となる。
日俳連副理事長の池水通洋さんによると、音声業界からは「手続きが大変だ」「AIに関する法律もないのに、これを守れっていうのか」といった声も上がったという。
池水さんは「反対の人もいるかもしれません」としつつ、芸能事務所の団体や音声制作会社などとガイドラインに沿った取引を重ね、「実例を作っていこう」と考えていると説明した。
また、ガイドラインが対象とするのは、AIを使って事業をおこなう「事業者」だ。個人配信者なども含まれる一方、動画投稿サイトやSNSなどのプラットフォームが対象となるかどうかは明記されていない。
この点で注目されるのが、声優の津田健次郎さんが、TikTokの運営会社を訴えた裁判だ。
津田さんが生成AIで自身の声に似せたとみられる動画について削除などを求めた裁判で、東京地裁は、声もパブリシティ権の保護対象になるとの判断を示した。
一方、投稿者については、ログの保存期間が過ぎていたため特定できず、動画もすでに削除されていたことなどから、請求は認められなかった。
●「プラットフォームの責任は大きい」投稿者を特定できない問題も
AIを利用する事業者や個人配信者にルールを守るよう求めても、無断投稿が広がるプラットフォーム側の協力がなければ、根本的な解決は遠い。
では、日俳連はプラットフォームにどのような対応を求めるのか。
池水さんは、投稿型のプラットフォームが投稿者と利益を分け合う一方、十分な責任を負っていないと指摘。国際的な取り組みとして対応する必要があるとの考えを示した。
大久保弁護士は、参考になる事例として音楽配信サービスの取り組みを挙げた。
音楽配信サービスの中には、不正な操作で再生数を増やしたアカウントを凍結したり、不正なストリーミングによって得られた収益をプールし、被害の弁償などに充てようとしたりする事例があるという。
生成AIによる声の無断利用について、プラットフォームが問題のある投稿を速やかに停止させるとともに、投稿に関するデータを保存し、「後から検証できるような仕組み」を整えることが重要と補足した。
実際、無断利用への対応には大きな負担がかかっている。
日本声優事業社協議会の池田克明副理事長は「プラットフォーム側に対する対応というのは非常に困難で、特に海外サイトでも無断利用が増えている」と明かした。
同協議会では、ホームページに情報提供窓口を設け、ファンから寄せられた情報をもとに、プラットフォーム側に投稿の削除を求めている。しかし、その作業には「非常に手間暇がかかっている」という。
池水さんは「日本政府として法的な整備を進めるにはまだ数年かかると思われます」と述べ、映像製作者やAIサービス提供者、行政、AIユーザー、権利者らの意見を取り入れながら、ガイドラインを「ブラッシュアップしていきたい」と語った。
●野沢雅子さん「AIにワクワク。でも無断利用には幻滅」
会見には、『ドラゴンボール』シリーズの孫悟空役で知られる声優の野沢雅子さん(日俳連副理事長)もビデオメッセージを寄せた。
ビデオメッセージを寄せた野沢雅子副理事長
「AIの進歩、すごいですよね。子どもの頃に夢見たことがどんどん現実になっていってるって感じで、私もワクワクするんです。でも、それが無断で使われているなんて、ねえ、ちょっと幻滅してしまうんですよ。そう思いません?」
そのうえで、AIと人間が共存できる未来への思いをこう語った。
「みんながルールを守って、人間もAIも、お互いに楽しくなれるような未来を作れたらなあって。私は願っています。みんなも願っていると思います」