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在宅医療、過度な期待で「ハラスメント」に発展…患者家族との向き合い方「最後は法律が助けになる」
在宅医療(ふじよ / PIXTA)

在宅医療、過度な期待で「ハラスメント」に発展…患者家族との向き合い方「最後は法律が助けになる」

東京都は今年7月、患者や家族からのハラスメントに悩む在宅医療関係者からの相談窓口を初めて開設した。電話やメールによる相談内容を受けて、弁護士などにもつなぐという。

2022年1月に埼玉県で起きた銃殺事件は、患者の家族が担当の在宅医を散弾銃で殺害するというものであり、医療従事者に極めて大きな衝撃を与えた。

事件直後に東京都が実施した緊急アンケートでは、在宅療養関係者の多くが、利用者らの「身体的な暴力」(23%)と「言葉による暴力」(48%)を受けたことがあると回答した。

都の相談窓口開設を進めた保健医療局では、医療現場でも、特に在宅医療は患者に1人で対応することもあり、ハラスメントが発生しやすいと指摘。また、相談先が少なかったとも説明する。

「大前提としては、暴力ハラスメントはいかなる場合も認められるべきではないとして、患者・家族に伝えていく活動も必要かと思います」(担当者)

訪問診療の件数は近年増加傾向にあり、在宅医療需要の高まりを見せ続けている。

在宅医療の現場で起きるハラスメントの実態と対策について、医療法人や介護施設から多くの相談を受け、医療・福祉業界のカスタマーハラスメント問題に詳しい周将煥弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

●「在宅医療ハラスメント」対策を3つのステージで考える

周弁護士は、ハラスメントの対策として「起きる前」「その途中」「起きた後」にわけて考えると整理しやすく、「現場で頑張りすぎず、組織全体で対応すること」と「最終的には法律が助けになること」を念頭においてほしいとアドバイスを寄せる。

(1)「起きる前」

「まずは、どのような行為がハラスメントや犯罪行為に該当するのかを、担当者一人ひとりが理解することが重要です。当たらなくても身体に向かって物を投げる行為には暴行罪が、土下座を迫るのは強要罪が、自宅から帰宅させないのは監禁罪が、そしてセクハラ行為は態様によっては強制わいせつ罪がそれぞれ成立し得ます。民事では別途損害賠償の問題も発生します。個人での対応を続けていくと、相手もエスカレートしていくこともあり、早い段階で上司や専門部署に相談するようにしてください。病院側は、可能な限り、研修の実施、マニュアルの整備、相談窓口の開設も進めてください」

「スタッフによって大きく対応が異なると『前のAさんはやってくれたのに』との不満が生じることもあります。担当者一人ひとりがハラスメントに関する知識を付け、どこまでが行うべき業務であるかをきちんと理解することが重要です。それが、ハラスメントに対する毅然とした対応にも繋がります」

(2)「ハラスメントを受けている途中」

医師法で、正当な理由がなければ診療を拒否してはいけない(応招義務)と定められているため、医師からは「患者からのハラスメントもある程度我慢しなければいけないのではないか」との悩みが寄せられるという。

「ハラスメントを受けたら毅然とした態度で臨んでください。行うべき業務の範囲外のサービスを求められた場合は、他のサービスを紹介すれば十分です。厚労省は、犯罪行為やハラスメント行為などがあり、患者との間の信頼関係が喪失しているといえる場合には、診療を拒否しても応招義務違反にはならないという考えを示している(令和元年12月25日通知 )ので、あまりにひどいハラスメントであれば、その場から離れても法的責任を負う可能性は低いと思われます」

(3)「起きた後」

「組織全体で事実関係を調査の上、ハラスメント行為が発生したと認定できるのであれば、 患者側に文書で警告をしましょう。軽度のハラスメントでも、それが繰り返されれば、信頼関係が喪失したとして、サービス提供の拒否が認められる可能性もあります」

患者側との間で紛争が生じ、仮に訴訟に発展した場合、客観的な記録が証拠として有効にはたらく。上記のような文章でのやり取りは、「言った言わない」の揉め事を避けられるだけでなく、訴訟の場において、重要な証拠として役に立つ。

「患者が治療方針に全く従わず、罵詈雑言を浴びせ続けられた歯科医師が診療を拒否したケースで、この診療拒否に正当な理由があると判断された裁判例も存在します(東京地裁平成29年2月9日判決)」

●医療従事者に過度な期待とサービスを求める患者家族

周弁護士は「実際に相談を受けている事案の中には、担当者が患者の家族からの言動を理由に精神的苦痛を受け、それを理由に転職を検討しているものもあります」と述べ、ハラスメントが医療の継続にまで大きな影響を及ぼしていると指摘する。

実務上の体感では、患者本人からはもちろん、その家族からのハラスメントが問題となるケースも多いという。

「患者や家族は、病気や怪我を抱え、少なからずストレスを感じています。それがエスカレートし、病院側に対して過度な対応を求めるようになるケースもあります。自分たちの苦労を病院側にも知ってほしい、これだけ面倒を見ている自分と同じくらい世話をしてほしいと思うのかもしれません。病院側としては、できないことはできないと、毅然とした態度で臨む意識が重要です」

個人や現場ではなく、組織的に問題に取り組み、場合によっては第三者機関(民間、自治体、警察や弁護士等)も利用すること。従業員を守るための対応をしない場合には、事業者が職場環境配慮義務違反などに問われる可能性もあると指摘した。

「地域の病院間でも、可能な限り情報を共有し、地域全体で対応をする仕組みも今後は求められるでしょう」

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

周 将煥
周 将煥(しゅう しょうかん)弁護士 アルファパートナーズ法律事務所
2017年に早稲田大学大学院法務研究科卒業、2020年に弁護士登録。東京弁護士会。株式会社、医療法人、学校法人、NPO法人、宗教法人等を始めとした各種法人の、訴訟等の紛争解決、株主総会や取締役会(社員総会や理事会を含む)への指導・対応、M&A、会社清算、労働事件などを手がける。また、家事事件、一般民事事件、刑事事件も取り扱う。地方公共団体のハラスメント対応窓口も担当する。

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